
<講演者>
木下 晴弘氏
<プロフィール>
1965年、大阪府生まれ。
同志社大学卒業後、銀行に就職するが、学生時代大手進学塾の講師経験で得た充実感が忘れられず、退職して同塾の専任講師になる。
生徒からの支持率95%以上という驚異的な成績を誇り、多数の生徒を灘高校をはじめとする超難関校合格へと誘う。
その後、関西屈指の進学塾の設立・経営に役員として参加。「授業は心」をモットーに、学力だけではなく人間力も伸ばす指導は生徒、保護者から絶大な支持を獲得。
以後10年間にわたり、講師および広報・渉外・講師研修など様々な業務を経験。
現在、株式会社アビリティトレーニングの代表取締役として、全国の塾・予備校・学校で、講師・教員向けの授業開発セミナーを実施している。セミナー受講者は10万人を超え、大きな注目を浴びている。
<主な著作>
ココロでわかると必ず人は伸びる 総合法令出版
できる子にする「賢母の力」 PHP研究所
涙の数だけ大きくなれる! フォレスト出版
シグマベスト 高校入試 合格へのベストアプローチ 数学[図形] 文英堂
シグマベスト 高校入試 ズバピタ数学 図形 文英堂
日時:2011年11月3日(木)
場所:和歌山能開ビル 6階 能開ホール

「子どもが今勉強する、その目的は何ですか?」
木下さんのお話はこのように始まりました。木下さんは「目的と目標は違うものです、何のためにそれをするのかという目的こそが大切なのです。」とおっしゃいます。そのうえで、今、お子さまを進学塾に行かせ勉強させる目的を問われたのです。本当の目的を聞き出すには、とことん「なぜ?」を繰り返していきます。
なぜ進学塾に行って勉強するのですか? ⇒ いい学校へ行かせたいため ⇒ なぜいい学校へ行かせたいのですか? ⇒ いい大学へ行かせたいため ⇒ なぜいい大学へ行かせたいのですか? ⇒ いい会社に就職させたいから ⇒ なぜいい会社に就職させたいのですか? ⇒ … ⇒ なぜ…
これを多くのお母さまやお父さまにお聞きした所、始めの方はバラバラだった回答なのに最後の最後に至った言葉はほぼ全員例外なく、「幸せになってほしいから」だったとのことです。
幸せとはどんな状態のことですか?

ここで木下さんは会場の皆さんに「では幸せとはお子様が将来どんな状態になっていることですか?」と重ねて問われました。健康で、そこそこお金もあって、愛する人に囲まれ、皆から感謝され… なかなか絞りきれません。そこで視点を変えて幸せな人生を送っている人は、世間で成功していると言われている人は誰だろうということになりました。イチロー、石川遼、松下幸之助、孫正義などなど。さらに幸せになれなかった人、成功しなかった人はどういう人だろうという話にもなりました。そして幸せな人生を送った人の共通点、幸せな人生を送れなかった人の共通点は何かという話題になっていったのです。
幸せな人生を送った人の共通点は何ですか?
木下さんは断言しました、幸せな人生を送った多くの人の生い立ちから最後までを調べていくとすべての人に共通したことがあり、そうでない人生を送った多くの人を調べていってもすべての人に共通したことがあると言うのです。それは、幸せな人生を送った人は「他人を喜ばせた人」であり、そうでない人生を送った人は「自分だけが喜びたかった人」だったのです。
このように、勉強の目的とは?から始まり、幸せな人生を送った人は他人を喜ばせた人であるという、人が生まれた目的あるいは人生の目的まで話を広げ、ここからさらにこの目的をどのように子どもに伝えて子どもを変えていくのか、いや、生まれ変わらせるのか、と言う具体的な話へと、時には笑いをとり面白おかしく、時には真髄をついて感動させ、最終的には参加者のほとんどの方が涙するという、まさに笑いと感動の大変すばらしく意味のある講演会でした。
エンディングで紹介されたショートストーリー
最後に木下さんがエンディングで紹介されたストーリーを掲載します。我々ワオの従業員もこの精神を肝に銘じてお子さまに接していきたいと思います。
【鈴木秀子さん「縁を生かす」より】
先生が5年生の担任になった時、一人服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生の記録が目にとまった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良く出来、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。三年生では「母親の病気が悪くなり疲れていて、教室で居眠りする」後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るう。」
先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決め付けていた子が突然、悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。
放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔をみせた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で、少年が初めて手を上げたとき、先生に大きな喜びが沸き起こった。少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。後であけてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていた物にちがいない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!今日は素敵なクリスマスだ」
六年生では少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして今また出会った中で一番素晴しい先生でした」それから六年、またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することが出来ます。」
十年を経て、またカードがきた。そこには先生に出合えた事への感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく五年生のときの先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を救って下さった先生を神様のように感じます。医者になった僕にとって最高の先生は五年生の時に担任して下さったせんせいです」
そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座って下さい」と一行、書きそえられていた。